ちょっと生きづらさを抱えた人へ、気持ちを楽にするためのお手紙です。

わたしがブログで毒親やNPDについて書く理由

「自分は変わっている」と自称するかたにたまにお会いしますが、
変わっていると言うより、社会性がないから浮いてるんじゃないかな、
と、リアクションに困るみすくです。こんにちは。

一応、タイトルは毒親になっていますが、
わたしの両親は毒親というほどではないけれど、
エキセントリックな人たちで、
わたしという生きづらい人生を送る人間が形成されるに
十分な影響を与えました。

毒になる親や自己愛性パーソナリティ障害についての記事は、
このブログのメインコンテンツになりつつあります。

でもこのテーマは、ある種の人たちにとっては気分の悪いものです。
また、別の種類の人たちの嗜虐性を刺激するものです。
親に感謝できない欠陥のある人間、
会社でいじめられるような弱い人間に嫌悪感を覚え、
”正義”の鉄槌を下さずにはいられない人は、一定数います。

だからこのテーマで書くことにいつも逡巡します。
獲物はここにいますって、自分から宣伝しているようなものですからね。

それでも書くのは、もしかしたら、誰かの助けになるかもしれないから。

家族の問題を抱えていると、特に親のことだと、
誰にも相談できないし、どうやって解決して良いのかわからないし、
出口さえ見えないことを、わたしは良く知っています。
NPDは認知度が低いので、NPDのターゲットにされるのも、
会社でうまくやれない自分が悪いと思ってしまいがちです。

だけど、情報があれば、その状況を抜け出すヒントになるかもしれないし、
気休めくらいにはなるかもしれない。
わたしが書くことが、みんなの役に立つってことはないけど、
ほんのちょっとしたきっかけで良くて、そのきっかけは人それぞれだと、
自分は経験で知ってる。

だから、不幸自慢をしたいわけでも、克服しましたと自慢したいわけでもなくて、
ただ、誰かの役に立ちたいと思っているから、毒親やNPDのことを書いているんです。
(実際、そこまで不幸じゃないし、克服もしてないしね)

いつか、誰かに届くことを願っています。

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