ちょっと生きづらさを抱えた人へ、気持ちを楽にするためのお手紙です。

【毒になる親】慰めを求めてはいけない

一応、タイトルは毒親になっていますが、
わたしの両親は毒親というほどではないけれど、エキセントリックな人たちで、
わたしという生きづらい人生を送る人間が形成されるに十分な影響を与えました。

毒親持ちで苦しんできたかたが、親友に自分の生い立ちを打ち明けたら、
それでも親はあなたを愛しているよ、とか言われちゃって、
親友だと思っていたのに……と縁を切った、というのは、
比較的ありふれた話だよね。

わたしは、そもそもそれは違う気がしています。

親友に話して、何を求めてた?どうだったら満足した?
その親友がどんなリアクションをしてくれたら合格だった?
親友が、自分の思いどおりにならなかったからって、縁を切ったなら、
あなたにとってそんなに大事な友達じゃなかったのかもしれないよ。
虐待の辛さを理解してもらうことは、親友より大事ではないでしょ。

気持ちはわかるよ。わたしだって、
今そんな大きなくちを叩けるのは親が育ててくれたからでしょ、
なんて言われたら、殺さなければ何をしても良いわけじゃなかろう、って言いたくなります。
「辛かったね」と共感してくれる人がいたら、
救われる気持ちになるでしょう。

でもね、所詮ひとは、体験していないことはわかんないよ。
同じ体験をしても、感じ方は人によって違う。
想像することはできるし、配慮することもできるけど、
その上での行動が、相手の望みどおりにフィットするとは限らない。
一緒に泣くのが正解かもしれないし、
過去を振り返っても仕方ないじゃん!と前向きに励ますのが正解かもしれない。

人の痛みに寄り添える人は素敵だけど、
それって経験値アップで身につけられる”能力”だからさ、
キャパオーバーで「それでも親はあなたを愛しているよ」という
気休め程度しか言えない人がいるのは当たり前。
それに、親が子供を喰らうってのはあってはならないことで、
一般的な人間の想像が及ぶ範囲じゃないよ。
体験している我々でさえ消化できないことなんだから。

だからね、そんな踏み絵は踏ませちゃダメなんだと思うよ。
どこかで吐き出すことは必要だし、話さなければならない時もあるけれど、
その目的が、相手を試すことだったり、慰めを期待しているなら、
それはぐっと我慢したほうが、ずっと楽。
慰められるのって気持ちが良いから、何度も何度も繰り返してしまいたくなるけど、
それって、誰かに似てるでしょ。
同じ道を歩まないようにすることは、大事だと思うよ。

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