ちょっと生きづらさを抱えた人へ、気持ちを楽にするためのお手紙です。

スキゾイドパーソナリティ障害ではない何か

スキゾイドパーソナリティ障害が話題のようですね。

自己愛性パーソナリティ障害と思われる人にタゲられて、当時パーソナリティ障害について何冊か本を読んだときに、スキゾイドパーソナリティについてもある程度知識を持っただけで、わたしは医者でもなんでもないけど、ちょっと耳を傾けて欲しい。

スキゾイドパーソナリティ障害の特徴に当てはまり、自分はこれだったんだ!そうとわかって気持ちが楽になりました!という人は、ちゃんと病院に行ってみたら良いと思います。
多分、スキゾイドパーソナリティ障害ではない、別の何かです。

スキゾイドパーソナリティ障害という定義はずっと前からあったのに、今まで注目されなかったのは、本人も、周りも、困ってない場合がほとんどだから。なのですよ。
そういう気質を持っていても、簡単に言えば「人より孤独に強い」というだけなので、別に治療も薬も必要ないし、障害に当てはまらない。
病気や障害というのは、日常生活に支障がなければ当てはまらないからね。

特別な人とならわかり合えるという妄想を持ったり、毎日親に結婚しろと攻め立てられ精神的に追い詰められた人などが、スキゾイドパーソナリティ障害と診断されるようです。

いったん脱線するけど、よくね、そんなの誰にでも当てはまるところがあるのに、何でも病名をつけて病気を作り出すのは良くない!と主張する人がいるが、基本的に病気や障害は、それで困ってるかどうか、が判断基準のひとつなんだよね。
ただ単に、ひとりでいるのが好きだけど自分も周りも困ってないよ、という場合は、スキゾイドパーソナリティ障害の気質は持っているかもしれないけれど、障害ではありませんという判断になるはずです。
つまり、あくまでもそれで困っている人のために、病気や障害には名前がついているのです。

話を元に戻すと、周りと自分が違うことに思い悩んだり、みんなに合わせられなくて生きづらさを感じているなら、周りとの関わりをじゅうぶん気にしているわけで、そもそもスキゾイドに当てはまっていないのでは?と、わたしは思うんだよね。
でも、生きづらくて生きづらくて困っているなら、違う原因はあるかもしれない。
自己判断でスキゾイドパーソナリティ障害と間違うのは、〇〇パーソナリティ障害かな…とは思うけど、医者じゃないので、ここはあえて伏字にしておきます。

勝手に自分はスキゾイドパーソナリティ障害だから、これで良いんだ、と思っていると、やっぱり違って後で辛いことがあるんじゃないかなあ。
本当の原因を知り、適切に対処すべきだと思うよ。

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