ちょっと生きづらさを抱えた人へ、気持ちを楽にするためのお手紙です。

メゾン・ド・ヒミコがよくわからなかった(多少ネタバレ)

メゾン・ド・ヒミコという映画を見ました。
ファンの人はこの先は読まないほうが良いと思います。

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あらすじ

本名:吉田照男、卑弥呼(田中泯)は、かつてゲイバーのママだった男。彼はゲイのための老人ホーム「メゾン・ド・ヒミコ」を作り、自らも他のゲイたちと共にそこで暮らしている。
しかし彼は癌の末期であり、死期が迫っていた。

卑弥呼には沙織(柴咲コウ)という娘がいる。
彼女は、母親と自分を捨ててゲイとして生きることを選んだ父親を許せないでいた。
卑弥呼の恋人である岸本春彦(オダギリジョー)はそんな二人の関係を修復しようと、老人ホームでの高額なアルバイトを沙織に持ちかける。

wikipediaより

率直な感想

率直に言って、よくわからなかったです。
一体、みんなはどこに感動して、何に暖かいほっこりした気持ちになったんだろうか。

わたしはむしろ、なんだか後味悪いなぁって気持ちになりました。

今見る場合の注意点

舞台はゲイ専用の老人ホームなのですが、トランスジェンダーがいるのですよ。
これ、2005年の映画なんですよね。
覚えてないけど、当時はLGBTやセクシャルマイノリティって言葉は浸透していなかったのかもしれない。
とりあえず、”ゲイ”でひとまとめにしたようである。
伏線だと思って回収を待っていると肩透かしを食らいます。

設定に問題があると思う

映画は時間が限られているから、多少無理があっても良いと思っているけど、やっぱり設定に問題があると思うのですよ。

老人ホームなのに介護の準備ゼロ、パトロンの支援がきれたら立ちゆかなくなるなんて、無能の極みじゃないですか。
ヒミコは激戦区の銀座でバーを繁盛させてた経営者なんでしょ。
ガンとは言え5年も時間があって、何やってたんだろ。

他にも、沙織は母と自分は父にゴミくずのように捨てられたと思っているんだけど、母はとびきりのおしゃれをして元夫のゲイバーにたまに遊びに行ってたんですよ。
そのお母さんもなんだかなあって感じだよね。

トム・クルーズが飛行機にへばりついたり、突然現れた女の子に忠誠を誓って命懸けで闘ったりするような、あり得ないことをありそうに描くのは映画としてアリ。
でもリアリティがないことをリアリティを持たせられないまま描かれると、え、なんで?って引っかかっちゃうのよね。

これ以外にも、色んな設定が少しずつ雑で、ヘテロセクシャルが成長するために、ゲイの皆さんに都合の良い動きをさせていることに、他人を消費する感覚って言うのかな、そういう居心地の悪さを感じてしまいました。
(伝わるかな?)

沙織の母に対するモヤモヤ

わたしが沙織の母親がなんだかなあって感じたのは、捨てられたくせに未練がましくとびきりのおしゃれをして元夫に会いに行くなんて、ってことではない。

沙織は、ゴミくずのように捨てられたと思って、深い孤独を背負い、父を憎み、笑顔も見せずブスっとして暮らしているわけじゃないですか。
子どもが親に捨てられるのは、自分のアイデンティティを揺るがす事態ですよ。
親が自分の存在を否定したに等しい。
「ひと目でも会いたいと思ってくれたことはあるか」と卑弥呼に聞くシーンから、沙織自身はそう思っていたということが伺える。

お母さん、子どもがそういう思いを抱えて生きてることに、これっぽっちも気づかず、自分だけ、おしゃれして元夫に会いに行ってたのかなあ?

オカマの手なんか汚くて触れるわけないでしょ!

なにげに、これはエグいシーン。

近所のガキが車の下で爆竹を鳴らして、ちょうど買い物から自転車で帰ってきた沙織が驚いて転ぶ。

ルビイが手を差し伸べるけど、沙織はその手を取らない。
「処女ね。オカマの手は汚くて触れないんでしょ、処女はバカだから」とルビイはゲラゲラ笑う。
「オカマの手なんか汚くて触れるわけないでしょ!」沙織は言い返す。
チャービーは、「そういうの、同性愛者差別って言うんだぞ。お前は同じ人間を差別するのか!」

山田詠美も、セックスを知らない人間には最低なところがある、と書いていたから、性体験のない人間には何か欠けたものがあることには、一定の事実があるとは思う。
とは言え、「処女はバカ」などという差別は良くて、しかもオカマの手は汚いからでしょと自分たちで煽っておいて、いざ言い返されると差別だと言う。

実はこれって、ヘテロセクシャルがイラっとくる、またはモヤっとするポイントではある。

でもこれは沙織がルビィに毒づくシーンに持って行くためのもので、それを意図したシーンではないんだけど、こういうシーンがぶっこまれていてエグイ。

ナレーション

最初に状況説明のナレーションがが入るんだけど、筒井康隆である。
聞いたことのある声だと思った。
筒井康隆を読んでいる人からすれば、筒井康隆で良いんですか?という感覚を持つと思うけど、どうだろう。

エド・マクベイン

ヒミコの部屋にはエド・マクベインの本が何冊か置かれているのが映し出されます。
映画が公開されたのが2005年8月、エド・マクベインが亡くなったのは2005年7月です。

わたしはカート・キャノンは読んだことあるけど、エド・マクベインは読んでいないので、どういう意図で、ヒミコはエド・マクベインを読んでいるということを見せたのかはわかりませんでした。

西島秀俊さんの髪型のダサさに驚愕

当時はまだあんな髪型の人がいる時代だったのか。
オダジョーの髪型やファッションは洗練されていて、今見ても違和感はないけど、2005年ってずいぶん昔なんだなあ。

そんなわけで

わたしは全然わからなかったので、説明できるよ!という人はぜひコメントを。

2 COMMENTS

Sign3121

LGBT当事者として意見をすると言うならば
公開当時のLGBTの立ち位置を考えると、これはすごくリアリティのある映画だと思ってるよ。
そして当時は「シェアハウス」という概念もなかったので
ひとまず当時として便宜的に「老人ホーム」となっていただけであって
これはただの?「LGBT専用シェアハウス」だと思う。
(卑弥呼に関して言えばホスピス?)
それを証拠に、全然介護施設としての設備は整ってないし
介護の場面も出てこないのはおろか、介護が必要になったところで
介護施設へと送り出すシーンが出てくるんだよね。

そこで問題になるのが、MtFであるところのルビィの性転換手術のことを
家族に話すかどうか?という問題であったり
施設に行ったあとの、ルビィの扱われ方の問題だったり。
そこのところも、当時も、今も尚、ロールモデルがないことから
恐らく男として扱われる感じになっちゃうんだろうな・・・という部分があって
うまくさらりと問題提起されていて、ボクの心に響いたところのひとつ。

あと、なんやかんやあるけど、沙織と春彦が惹かれ合った流れで
ベッドを共にしようとするも、やはりできないというところからの
性的結びつきはできないけれど、それでも共に暮らしていこう(施設の切り盛りをやっていこう)
ということで話が締められるところがボク的にはすごく良かった。

卑弥呼の元奥さんであるところの沙織の母親と卑弥呼との関係性も
当事者であるせいもあるのかもしれないけどボクにはすごくよくわかって。

必ずしも性的結びつきだけが、人間としての結びつきの肝ではなく心なのだということ。
一方で、春彦が「欲望が欲しいんだよ」と切に訴えるシーンがあって
そこもまた人間の性(サガ)としてきちんと描いてあって
欲望の向かう先と、人として求める情愛の向かう先は必ずしも
一般的な恋愛関係だけでは語れないというような部分もしっかり描いてあった。

そこらへんの描き方が、当時として精一杯の「多様性」の描き方だったとも思う。
LGBTの生き方そのものが、グラデーションであり、曖昧な部分をどうしていくかということに終始しがちなんだとも思う。
沙織の母親は、卑弥呼のことをずっと愛していただろうし
卑弥呼もまた、沙織の母親のことを愛していたけれど、それは
いわゆる「普通の夫婦のあり方」を維持していくのは無理だった。
何故なら、愛はあっても「欲望」が満たされることのない二人だたからかもしれなくて。

それから

正常であるところの?男女間の関係性だけを軸に描いていく普通の?映画にはない
身も蓋もない小競り合いや言い争いなども、凄くリアルに描かれてる。
みすくちゃんが指摘しているエグいシーンというのが
アレが、そのまま、リアルだと思う。

普段我々が生きている中で、喧嘩となったら多くの場合
その言い方や言い分は必ずしも正当ではなかったり、筋が通ってなかったりする。
なんてことは日常茶飯事。今言ったことと違うことを舌の根が乾かぬうちに言ったりね。
ただでさえそうなのに、まだわかりあえていないうちのLGBT当事者とノンケとの痴話喧嘩だから、まあ、あんな感じだよねと。すごくリアリティがあるなと、ボクは感じたよ。

そんな中で「愛」も「友情」も「仲間意識」も性別を超えたところに「生活」があって
「生活」の中には「暮らし」があって「人生」があって。けれど
生き暮らしていこうとする時に、LGBTにはどうしても「如何に生きるか」の部分に
一般の人とは違うスタイルや希望、願望があるから
そこの部分を大事にしながら、出来得る限り「望む姿で生きていきたい」とした時に
このゲイ専用の老人ホーム(シェアハウス)は理想郷として描かれてもいて。

それは、みんなで食事をするシーンで上手に表現されてたように思う。
季節の食材をみんなで持ち寄って、仲良く食卓を囲んで、楽しく食べる。
ああ、この人たちは、丁寧に暮らしを営んでるなと感じさせるシーン。

あれもこれも、細やかに、すごくよく描かれていたし、言わんとしてることも、ボクにはしみじみと伝わってきた、素晴らしい作品だと思ってる。

とまあ、そんな感じで、ごちゃごちゃ書いてみたけど、伝わるかなー

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みすく参謀

殿下の言いたいことは伝わったと思うが、わたしの書いたことは全く伝わっていないことが読み取れる…。
どうしたもんかな、後で本文を見直したいと思う。

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